ニューラルネットワークによる

タイ国ダム流入量月スケール予測の試み

 

丸山 聖矢(2017年度修士)

 

 タイ国では,洪水・干ばつによる被害を防ぐための適切な水資源管理が重要です.そして,このような水資源管理を達成するためには,河川上流域に位置する各ダムにおける貯水量を適切に調整することが必要となります.

 タイ国では雨の多い雨季(5月から10月)と雨の降らない乾季(11月から4月)とがはっきりしているため,雨季に水を貯め乾季に水を利用する,という基本的な水資源管理サイクルが存在します.そして,一度の雨季になるべく多くの水を貯める必要があるため,ダムの貯水容量を大きくする必要があると言えます.例えば,タイ国チャオプラヤー川上流域に存在するプミポンダム・シリキットダムは,日本のダムと比較すると大きな貯水容量を持っていることが分かります(下図).

 

 

プミポンダム

13,462,000,000 m3

(東京ドーム約108.6個分)

シリキットダム

9,515,000,000 m3

(東京ドーム約76.7個分)

参考:徳山ダム

(日本最大の総貯水容量)

660,000,000 m3

(東京ドーム約5.3個分)


  • 画像は,ランドサット衛星画像データを使用.
  • 総貯水容量データについて:プミポンダム・シリキットダムについてはタイ発電公社(EGAT)ホームページ(*1)より引用.徳山ダムについては徳山ダム管理所ホームページ(*2)より引用.

 

 一方,雨季に貯水容量を超えるようなダム流入量が予想される場合,下流に悪影響を与えない範囲で漸次的に放流を行う必要があります.この際,仮に雨季全体を通じたダム流入量がどの程度になり得るのかを知ることができれば,乾季に必要となる水量を保ちつつ最適な放流計画を立てることができます.この点から,数ヶ月先(すなわち,月スケール)のダム流入量を予測することは,タイ国の水資源管理に対して十分に役立つ可能性があると言えます.

 近年では観測データが充実しているため,観測データを利用した統計的予測モデルを構築することが有効な手段となっています.ニューラルネットワークは,観測データによる予測モデルの構築のために用いられる手法の1つです.本研究では,再帰型ニューラルネットワークモデルを用いることにより,1ヶ月先のダム流入量を予測することを試みています.再帰型ニューラルネットワークは内部に過去情報の重みを保存する機構を持つため,時系列的に変化するデータについて有効であると考えられています.

 

 下図は再帰型ニューラルネットワークによる予測結果の例です.それぞれの赤い線は,ある同一の内部重みから得られた予測値を結んだものを表しています.図から分かる通り単一の内部重みのみでは良い予測値を得ることは難しいため,いくつかの異なる初期状態から学習を行い,いくつかの異なるニューラルネットワークを構築しています.このようにして,ある時点における予測値を分布として得ることにより,1ヶ月先の流入量がどのように変動し得るかの傾向をつかむことができます.

 

 

タイ国シリキットダム流入量に対する1ヶ月先予測の例

横軸は期間(2011年1月-2014年12月,月単位),縦軸は流入量[m3]を表す.

また,黒線は実測値,赤線は1ヶ月先予測値を示している.

 

 本研究では,最初のステップとして1ヶ月先の予測を対象としました.将来的に,予測によって数ヶ月先のダム流入量がどのように変化するかを掴むことができれば,貯水量調整の意思決定に対する助けとなることは間違いありません.このようにしてタイ国における水資源管理に対し有用なアイデアを提供することは,本研究の最終的な目標の1つです.

 

 

引用:

*1  Electricity Generating Authority of Thailand, Information, Power Plants and Dams

      (https://www.egat.co.th/en/information/power-plants-and-dams)

*2  独立行政法人 水資源機構 徳山ダム管理所,徳山ダムの概要

      (http://www.water.go.jp/chubu/tokuyama/gaiyo/index.html)